「結局、親切にはリスクしかない」は正しいか

こんにちは。見習い研究員のHIROです。

これまで色々と投稿していきましたが、次のような感想を持たれた方もいるかと思います。

「親切って深く考えれば考えるほど、厄介な面があるんだな」

「こんなに努力しなきゃいけないなら、しないほうがいいってことかな」

親切を増やすことを標榜しているサイトなのに、親切の困難さをこれでもかと書いているのでそう思われても無理のないところ。

今日はこうした意見について、改めて当ラボの姿勢をお伝えしたいと思います。

目次

親切のリスク

親切にもリスクはあります。

元々リスクとは不確実性を指します。つまり正と負の両面を表す言葉です。

なのでリスクしかないかと言われたら、割合はともかく、ほとんどのことはリスクしかないという回答になります。

ただ今回取り扱うのは「親切なんてしても損するのがオチじゃないの?」という意識からのリスクですので、今回はネガティブな方のみを指す言葉として考えていきます。

人から嫌われる

親切な人は好かれます。

しかし親切に失敗すれば嫌われるリスクに晒されます。

「なんでそんなことしたの?」

「余計なことしたからダメになったじゃないか」

いやー恐ろしいですね。

あなたが良いことをしようと思ったのは間違いありませんが、親切は結果が全て。相手がどう受け止めるかで、相手の評価は決まります。

徒労に終わる

簡単に言えば時間の無駄ということです。

貴重な時間を使って親切をしたけれど、思うような成果が上がらなかった。

例えば友達の悩みを延々と聞いたけれど、最終的に「お前は俺の気持ちなんてわかっていない」と罵倒されて終了する。

あるいはそこまであからさまじゃなくても、自分が親切をした時には相手の問題は解決してしまって何も困っていなかった。

時間を多く使えば効果があるような気がしますし、そうやって時間を使えば使うほど、使った時間に見合う結果を回収しようというサンクコスト効果に囚われます。

残念ながら親切を行えば必ず成果が出る、というわけではないのです。

自他に精神的ダメージを与える

こちらの親切を、攻撃と受け止める人もいます。

こちらはこちらの、あちらはあちらのロジックがあって行動しているのです。

そのロジックに違いがあれば、同じ行動でも受け止め方は変わってきます。

例えば親切のつもりで友人にお菓子を勧めたところ、ダイエット中だった。

逆にパターンでは、ダイエット中だからお菓子はいらないだろうと思って、別の人にあげたら「無視された」と不機嫌になる。

相手の状況を見極めないと、親切は攻撃となり、自他を傷つける刃となるのです。

リスクを冒す必要はあるか

ここまで書くと、リスクを冒す必要なんてないんじゃないかと思えてきましたが、グッと堪えて親切を行う道に進んでみたいと思います。

何もしないという選択肢

その前に何もしないという選択肢について検討したいと思います。

何もしないことはリスクになり得ます。

必要な親切が明らかな場合「なぜ何もしてくれなかったのか?」となるからです。

しかしそれでもなお「何もしない」は有力な選択肢になり得ます。

何故か?

親切における失敗要因の一つに、状況を十分に把握していない段階で行動を起こすことがあります。

何もしないことで状況をよく観察する時間が生まれます。

それならば最初から「状況をよく観察する」という選択肢を入れたらいいじゃないか、と思われる向きもあるでしょう。

そうではないのです。行動した時には、すでに「状況をよく観察」したあとなのです。

正確には「状況をよく観察」した気になっているのです。

「あ、親切にした方がいい状態だ」と思うことと「状況はこうなっているな」という判断はほとんど同時に行われています。小さな親切になればなるほど、この傾向は強まります。

それまで慣れ親しんだもので、かつ同じ行動に対して同じ結果が得られるような固定的ルールで動くものなら、直感に頼って素早く判断するのもいいです。

ベテランのエンジニアがハンマーをひと叩きするだけで機械の故障箇所を当てられるように。

チェスの名人が盤面を一目見ただけで、最善手をひらめくように。

親切はこれらと違います。

相手が変われば、時が変われば、ルールも変わります。

であれば行動しようと思った後に、それまでのルールに基づいて行動するのは危険です。

代わりに「何もしない」というクッションを差し込むことで「状況をよく観察する」ことになり、衝撃からあなたを守ってくれます。

リスクとリターンを考える

リスク=不確実性が高ければ高いほど、リターン=収益の振れ幅は大きい。

親切は不確実だからこそ、世の中にとって大きなメリットをもたらしてくれると言えるでしょう。

一方でやり方を間違えれば、自分も相手も周囲も傷つけかねない。

リスクを小さくする方法はあります。

リターンは小さくなりますが、まずはそこからスタートする方が無難でしょう。

小さいリスクの親切を選ぶ、すなわち成功しても失敗しても大したことのない行動から始める。

そこから徐々に大きな親切に挑戦していけばいいと思います。

リスクがあってもやるという選択肢

大切なのはリスクやリターンの大小ではありません。

リスクがあることを理解しつつ、それでも親切を行うことが大切なのです。

何かを得るためには行動を起こさなければなりません。

人類の歴史を紐解けば、我々の祖先はそうしてきました。

無駄になるかもしれないが遠くまで獲物を探しに行く。

食中毒の危険を冒しながら木の実や植物を食べる。

無用なリスクを選択する必要はありませんが、無用かどうかを見極めるためにも行動することは必要なのです。

まとめ

親切はリスクしかありません。それは正しいです。

しかしリスクに取り組んで、メリットを得ようとしてきたのが人の営みなのです。

だから親切を止めたりはしません。

現に多くの素晴らしい親切があります。そこへ至るための良い方法がきっとあるはずです。

当ラボは今後もその方法を探し続け、このサイトで皆様にシェアできればと考えております。

ちなみに今日の記事と関連して、以前の記事で「親切は無駄ではないか」という問いについて書いてますのでこちらも参考まで。

今日はここまで。ではまた。

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